幸せハチ公

上野博士
幸せいっぱいの上野宅での日々

ハチ公の初代の飼い主、上野英三郎博士は、駒場にある帝国大学(今の東京大学)農学部の先生でした。

ハチ公が着いたとき、上野博士は53歳、八重夫人は39歳でした。上野宅には他に養女つる子さん夫妻、書生の尾関才助さん、女中のおとよさん、おせいさん、おとしさんという構成。
翌月にはつる子さん夫妻の長女久子さんが誕生しました。

上野博士はハチ公を含め5匹の秋田犬を飼いましたが、4匹はみんな1歳か2歳で死に、博士を悲しませました。幾晩も寝ずに吸入をかけたり、氷枕や氷嚢をかえたりしての看病の後でした。
秋田犬に恵まれなかった博士がハチ公を得て可愛がったのもつかの間、今度は自身が1年半で他界することになってしまいます。

現在はハチ公と共に青山墓地で眠っています。

 
上野博士のお宅 石垣に囲まれた大きな家に
ハチはやってきた


渋谷駅から歩いて5分くらい行ったところに、大向小学校があり、すぐその上の高台に上野博士宅はありました。

現在、上野博士宅跡は、東急百貨店本店奥裏「Bunkamura」の富ヶ谷へ行く道に面した石段および同本店商品搬入口部分、同道路からその石段を左に折れた道の一区画行ったところまでおよび、200坪以上あったと伝えられていますが、今は痕跡すらありません。

(大向小学校の奥に望む上野博士宅)
 
書生才助さんとジョン君

ハチのお友達、書生才ちゃんとジョン
(ハチ公と書生才助さんとジョン)


上野博士宅にはすでに上野博士の愛犬、8歳のジョンと7歳のSがいました。ポインター種のジョンは子犬だったハチ公の面倒をよくみていたそうです。

もう1人のお友達は上野博士宅の書生の才助さんです。上野博士は大学や役所の勤めのある自分の代わりに愛犬の観察、世話を継続してできる才ちゃんに“犬日記”を提出させ、変わったことがあると才ちゃんからの説明を聞きました。

大正12年に九州から上京した才ちゃんは、博士の急逝で帰郷後、夭折してしまいました。

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